1階 車両甲板/車両展示室(有料コーナー)


 

青函連絡船の役割を知る

青函連絡船の大きな特徴は鉄道車両をそのまま船内に格納して運べるよう線路のついた広い空間を持っていることです。船内に入れた車両は船の傾きで脱線したり転覆しないよう連結器や緊締具と呼ばれたさまざまな車両固定用の器具でしっかりと止められるようになっています。
船尾には波の進入を防ぐため厚い扉が付いており航海中はしっかりと扉が閉められるようになっています(船尾扉)。車両の出し入れは船尾から陸上と船をつなぎ自在に動く可動橋を利用します。

 

車両展示室

 なぜ船に車両搭載スペースを設けられたのか

昭和の時代まで本州と北海道の間には、線路といわれる「レール」がありませんでした。そう、海があったからです。
明治の就航から第二次世界大戦の時も物資や人を運んだ青函連絡船ですが、昭和29年「洞爺丸台風」の襲来で、当時船尾扉がなかった船に海水が入り、すべての制御盤が起動しなくなったことから座礁・転覆。タイタニック事故以来の大惨事となってしまいました。
この海難事故から新型船の登場と平行し、青函トンネルの着工が始まりました。
そして昭和63年3月。海底に作られた青函トンネルの開通と同日、青函連絡船は80年間、貨物車を運んだ役目を終えることとなりました。

 

・DD16 31
・ヨ6798(ヨ5000形)
・ヒ833
・ヒ834(ヒ600形)
・スユニ50 509
・スユニ50 510(郵便貨物車)
・キハ82 101

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 線 路

車両甲板の線路は連絡船に列車を移動させるための大切な設備です。青函航路の連絡船では大正13年に就航した翔鳳丸・津軽丸・松前丸・飛鸞丸の4隻から船内に線路が設けられ、以後、昭和63年の終航までに造られた全ての青函航路用に線路が敷かれました。

 

 船尾扉

八甲田丸船尾側に設置している船尾扉は貨車の積み込みの際に開かれるものです。現在は稼動できない状態ではありますが、当時の状態で残してあります。
船外には可動ゲートも残されており、機械を通して日本の経済に大きく貢献した功績を称え、2011年8月、日本機械学会より青函連絡船と可動橋が「機械遺産第44号」に認定されました。

 

 

 

 

郵便車スユニ50

 

キハ82形特急形気動車

 

ヒ600(控車)

 

線路跡と船尾扉